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上陸するというような意味での脅威は感じていない」との返事であった。「南沙群島問題はどうなるのか」と聞くと、「話合いによって平和的に解決できるだろう」という。「お互いに譲歩しあうということか」と追っかけると、「そうだ」という。地図をみると、中国とマレイシアのあいだにはべトナムやタイが横たわっている。そういう地政学的な条件がマレイシアの対中姿勢を特別に余裕あるものとしているのであろうが、そこにある安全保障感覚はかならずしもマレイシアに特有のものではなく、東南アジア諸国一般に共有されているものであることをその後の会議での討論をつうじて痛感した。いずれにせよ、日本におけるわれわれの感覚とはかなり違うなと思わせられる話ではあった。
翌日から始まった会議の最初のセッションのテーマは「大国間協調は可能か」であった。日本から参加した田久保忠衛杏林大学教授は日米同盟の堅持や日本の国際的貢献の強化を主張した。われわれからみればきわめて常識的な問題提起であったが、シンガポールから参加した中国系のある大学教授は早速強烈な反論を加えてきた。「十九世紀ヨーロッパ型の『大国間協調』を現代アジアに適用できるだろうか。平和を求める中小国の力こそが大きな役割を果たす」というのである。これなどは、まさに上述した東南アジアの安全保障感覚を代表している問題認識の現れであると思われた。わたくしは、すぐさま発言を求め、「日本側のぺーパーをよく読んでから発言してほしい。そこに書いてあるように、われわれは両次世界大戦の悲劇を繰り返さないためには『大国間協調』が必要だといっているのであり、それは先進民主主義諸国の間では『安全保障共同体』としてすでに実現しつつあることである。問題は、中国やロシアをどのようにしてそのような『安全保障共同体』の中に引き入れるかである。また、このことが中小国の役割や利害を無視してはならないことも、日本側のぺーパーの中には明記してある」と反論したが、このような噛み合わない議論が交わされる背景としては、やはり上述したような北東アジアと東南アジアのもっている安全保障感覚の相違が大きな要因となっていると思われたのである。もっとも注記しなければならないことは、日本でも同しような議論を展開する安全保障感覚のひとはいないわけではないということである。しかし、それは少なくとも北東アジアにおける安全保障感覚の例外ではあっても、主流ではないということはいえよう。日米がその同盟関係を「再定義」しようとし、中露がその協力関係を「建設的パートナーシップ」から「戦略的パートナーシップ」に発展させようとしている北東アジアの現実は、そのような結論を導き出させるのである。
所感の第二点は、日本の過去に関連したことであった。さきに紹介したシンガポールから参加した中国系の大学教授は、既述の発言につづいて「田久保教授は『中国の脅威』に言及したが、そのような対中姿勢は、かえって自己充足的な予言となりかねない。また、田久保教授は日本の過去についてなんら詫びることなく、今後の国際社会における日本の役割に言及したが、それは危険だ」というのである。私は議長席に座っていたの

 

 

 

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